生き止まり行き止まり 『ウエハースの椅子』江國香織

江國香織さんの作品はいつも正体がないと感じます。
情景にもやがかかったような。
けれど触感があって、文章を咀嚼する前に感覚がやってくる。

ウエハースの椅子もその例にもれず、読み進める間は不思議な居心地の良さがありました。
本作品では登場人物の名前や詳細な情報は出てきません。
主人公の「私」は、家庭を持つ「恋人」と幸せな日々を送っています。

小説を読むことは他人の人生を疑似的に体験することだと思っているので、登場人物の曖昧さは投影のしやすさでもあります。
そしてその特徴がよりふんわりした世界観を際立たせているのかもしれません。

「恋人」との日々の中でたまに訪れる「妹」や「妹の恋人」などとの会話や、過去の回想に登場する両親とのエピソード。
輪郭の内側ではなく、外側のお話をしているわけですね。
全編を通して詩的な表現が目立ちます。恋愛に重きを置いて語られていますが、恋だけでなく「私」はあらゆるものに諦めに近い感情を持っているように思います。
恋の約束には絶対的な効力がないこと。食事も最低限にとれば死なないこと。
そして、その死そのものだって自然にそこに横たわっているもので惜しむべきものではないこと。
「私」は38歳ですが、そんな自分を子供っぽい、老人のようだと感じることはあっても年相応と感じることはないと言います。

だからこそ「恋人」との不倫(作中でこの言葉は一度も出てこない)だってうまく続けることができます。
江國香織さんの作品に登場する女性は恋を主軸に生きていることが多いですが、だれも恋に「溺れている」という印象の人物はいません。
「私」も現状に違和感を持っていますが、それは彼女の根底にあり、本人も知覚していないものです。
だから代わりに自由なのに閉じ込められていると感じたり、毎日少しづつ壊れていると感じたりするのです。
悠然と「私」の恋愛模様を描く本作。見どころを紹介するなどの野暮な方法ではなく。出会っていただくのが一番かと思います。
これもまた矛盾した思いですが。

読後感に後味の悪さは一切ありません。
むしろ、今のままで。それでいいんじゃない?と言われているような気分です。
一度手に取ればはまってしまう江國香織ワールド。
いつか私にも今以上の実感を持って江國節が響く日がやってくるでしょうか。

それではもう少し私が大人になるその日まで。

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