感情は積みあがるか 『博士の愛した数式』小川洋子

今回は記念すべき第一回本屋大賞受賞作『博士の愛した数式』のご紹介です。
本作は主人公の私、その息子のルート、そして博士の交流を描く作品です。

博士は数学をこよなく愛し、大学で数学を教える教授でしたが、事故にあって以降記憶が80分しか持ちません。
事故当時から世の中の情報はストップしているので、好きなプロ野球選手はとうに引退した江夏豊。
しかし数学を愛する気持ちは変わらず、私の息子に「ルート」という愛称を与え、会話には多くの数学知識が織り交ぜられます。
記憶が続かない不安な世界で、彼の居場所を作っているのが数学だったのです。
私は家政婦として博士の家を訪れていたのですが、二人暮らしの息子であるルートが家で一人で待っている状況を憂いた博士の提案で、ルートは博士の家に帰るようになりました。

作品の中ではひたすらに暖かな時間が流れます。
ルートの宿題を博士がみてあげるというシーンは僕も大好きな場面です。
数学者らしい明快な解説ですが、答えを急いたり、不正解を責めたりすることはありません。
想像するいい先生という感じ。

私とルートの中では博士との思い出が徐々に積みあがっているので、子供のルートはより博士を慕うようになるなど、親密に思う気持ちは増していきます。しかしその一方で博士は二人とは毎日初対面。
毎日衣服に貼り付けたメモを見て、認識しています。
我々読者の多くも正常に記憶が蓄積されるので、違和感を感じませんが博士の態度も徐々に柔和になっているように錯覚するのです。
あるいは本当に柔和になっている。

博士から見れば二人とは毎日初対面なはずなのに。
作者の意図というものはわかりませんが、記憶は積み重ならなくても、感情は積み重なっていくものなのではないかなと考察しました。
これはこれまで僕が影響を受けてきた数々の作品によるものかもしれませんが…。

また本作では「書かない美学」が印象的でした。
説明不足という意味ではありません。
心情をすべては書かず、読者に想像の余地が残っているのが素敵な表現だなと思いました。
どこのことを言っているのかぜひ実際に読んで探してみてください!

記憶と感情。一見密接にかかわっている二つの要素をあえて切り離すことで、それぞれの重要性を感じられる本作。
心温まる作品をお探しの方に全力でお勧めしたい一冊です!

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